水をかけられたからホットポテト理論について調べたらいろいろ辛かった

なんなんだ、ホントに。おこです、激おこですよ、ホントに。

 

一昨日くらい、雨降ってたじゃないですか。
ちょうど帰宅が10:30頃。
駅に着いた時点ではざんざん振り。

「うわあ、傘ねえよお・・・」と絶望しつつ近くのSE〇YUで傘を購入し、さして帰ったのですが、、、。

 

まず、車に水をぶっかけられました。
よこからばしゃっと。
きちんと歩道を歩いてる善良な市民に被害を与えるとは何事じゃ。
あの千葉ナンバーめ。夢の国へ帰りやがれ。

 

だいぶイラつきながら、あと家まで五分というところで、今度は、

 

止んでやがる、、、!止んでやがるぜ、、、!雨がやんでやがるぜ、、、!圧倒的な、、、!やみ具合、、、!
なんだよ、、、!駅の時点ではめっちゃ振ってたじゃん、、、!
そりゃ傘買うよ、、、!だって家まで徒歩20分だぞ、、、!
返せよ俺の324円(SE〇YUなので傘が安かった)、、、!給料日前だぞ、、、!

 

ホントにタイミングが悪すぎる、、、。
ってか今月三回目だぞ!車に水はねられるの!(実話)

 

僕はいっつもタイミングが悪い。

 

なんだか昔からここぞ!というときのタイミングがとことん悪いのです。

まず、僕が使う電子機器は何かしらの不運が絶対起こる。
今使ってるスマホは購入一ヶ月くらいでたまにスライドに反応しなくなり、いちいち電源落とさなきゃいけない事態に陥ってます。今年の頭には、なけなしの4万で買った中古のマックが盗まれました。すげえ周囲に人がいたのに、ってか目の前で友達が寝てたのに・・・。寝てるとはいえ目の前に人がいて盗むってどういう神経だ・・・。

 

また、タイミングが悪いというよりは損な役回りになった経験でいえば、中学校の時「学級委員決めるぞー」ってなって、「ぜってーやらねー」ってしてたら、クラスのやんちゃな奴が一言、

 

 

 

 

「ぶらりん真面目だからいいんじゃないか?」

 

 

 

 

僕「」

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おい何言ってくれてんだ菊池ぶっ飛ばすぞ。

 

そんな感じでもう覚えてないくらいタイミングが悪かったり損な役回りを経験してきました。

 

調べたら“ホットポテト理論“というのが出てきた

あまりにも多いので水をぶっ掛けられたのを機に調べたんですよ。
そしたらどうやらホットポテト理論というものがあるらしく。
凄くおいしそうな名前ですが、見てみるとろくなもんじゃない。

  

経験した人しか分からないと思うが、運の悪い時は徹底的に悪い。何をやってもどう努力しても悪く傾く。ただの運の悪い思い込みとか、努力で解決できるとか、そんなレベルではない。本当に運が悪い。偶発的に悪いことが起こったり、根も葉もないところから全く知らない悪口が立ったり風評被害が起こる。

~中略~

ホットポテトとは、アメリカの子供達が輪になってポテトを回し、音楽が止まった時にポテトを持っていた子どもが罰ゲームをする遊び。誰しも熱々のポテトは手で持つと熱いのですぐに他人に渡したい。日本では、トランプのババ抜きやハンカチ落としがそれに当たる。実はこれは最初から敗者が決っている。

なぜババ抜きや、ハンカチ落としや、じゃんけんなど、偶然のランダムで一見確率的なのに、「敗者」が最初から決っているかというと。集団ゲームで負ける人と言うのは、ホットポテトは最も「傷つきやすく、支配されやすく、いじめやすそうな人」に渡るようになってるから。

引用:なぜあなたは集団の中で運が悪いのか?(悪運を引き寄せるホットポテ)

  

なんだろう、この引用だけでダメージがでかい。ずいぶんはっきり言いますね。

 

確かに集団ゲームではまず「こいつ狙いやすそう」って人が被害を被ります。さっきの学級委員決めもそんな感じ。普段めーっちゃおとなしいのにこういうときだけ槍玉に上げやがって・・・許さんぞ菊池。

 

学校の「じゃあ好きな人とグループ作ってー」も地獄。いねえよ好きな人、なめんな。あれもまさしく支配されやすいタイプが最終的に残ります。そして恐ろしいのは、

 

パチスロやおみくじ等、1人でやるギャンブルはそんなに運が悪くないのに、ババ抜きやハンカチ落としやじゃんけんなど、複数でやるゲームになると一気に運が悪くなる人がいる。それは「この人に損をさせたい」という無意識でのホットポテト理論が集団内で機能しているから。

引用:なぜあなたは集団の中で運が悪いのか?(悪運を引き寄せるホットポテト)

 

というような、周囲の無意識がランダムであるはずの運に影響を及ぼす点。
学級委員決めの類やゲームにはだいたい人間のハメる意図が入るので確実に貧乏くじ引かされるなってのは分かります。でもまさかそれが運という不確定要素まで明確に動かしてしまうとは・・・。恐ろしすぎる。だから僕の電子機器はいっつも災難に見舞われるのか。ホント不運なんですね・・・。

 

悲劇は続く

ホットポテトの受け取り手になる人は「泣き寝入り型万能感」と呼ばれる。運が悪くても理不尽でも、一生懸命勉強して仕事すれば褒められて報われる日が来ると万能に信じている。だが残念ながらそんな日は一生来ない。悪いことを引き寄せる苦労人。良い人で、真面目で、イエスマン。

エピスクリプト万能感は、怒りや悲しみの本物の感情を全て抑圧するので、不安や憂鬱や自己卑下になる。
イイ人だが周囲に被害者面して同情を引こうとする。
悪運も理不尽も耐えて我慢したら、いつか必ず誰かがこの気持ちを理解して報われると言う万能感。
自分だけでいい話を「汗水垂らして頑張って勉強や仕事をして、歯を食いしばって耐えろ。」と他者にまで欲求する。
いかに自分の「我慢」が素晴らしいかを証明する自己中心的な動機ために、自分のみならず、他人を自分よりもっと不幸に引きずり下ろすことで信者を増やそうとする。
そうやって「下の者」を作って黙らせ、本当は相手は抑圧してるだけなのに、本当は相手にとって無ければいい話だったのに、「理不尽に苦労して耐えたことで成長できました。ありがとう。」などと信者に言わせて「やはりオレは正しい。」と、他人の不幸を見て、卑屈に満足する。
こちらも最後は必然的に「自己破滅」な末路になる。

言わば「我慢教(耐えれば報われる)」の泣き寝入り万能感は、社会や組織や学校偏差値などの価値観に縛られてる人が大半。

引用:なぜあなたは集団の中で運が悪いのか?(悪運を引き寄せるホットポテト)

 

おいおいおいどんだけ追い込むのよホントに。「僕らやっぱ運が悪いんだね・・・」って読者もなってるのに、そんな追い討ちかけるなんてひどい!「これが常識だ!こうあるべきだ!こうじゃなきゃだめなんだ!」っていう枠に縛られてる人間が要はこれらしいです・・・。ああ、分かってしまうのが悲しい。僕も完全にこのタイプです。

 

しかもこれやる人は大抵無意識。「私もやってるんだからあんたもしなさいよ!!!きっーーーー!!」っていう叫び声を知らぬ間に上げてるんですねえ・・・。いわゆる悲劇のヒロイン状態です。苦しみから抜け出す方法はあるのに今この状況がなんだかんだ楽だからそこに留まっちゃうんです。わー耳が痛い。

 

僕も最近追い込まれると、

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気付いたらこんな顔になってる。鬼じゃ!悪魔じゃ!

 

ホント、運も悪いし損な役を押し付けられるし無意識に悲劇のヒーロー気取ったり、散々です。この泣き寝入り万能型というやつは。

 

その上「自分型」という天敵もいる

 

厄介なのは「自分型」という天敵もいること。心当たりがあるのではないでしょうか?

 

言わば「我慢教(耐えれば報われる)」の泣き寝入り万能感は、社会や組織や学校偏差値などの価値観に縛られてる人が大半。
逆にそれを搾取する「自分教(自分こそ全て正しい)」の奢(おご)り万能感も、
どちらも自分以外の現実が考えられないという現実検討能力低下の共通点がある。最後は自己破滅。

 

~中略~

実は、このようなホットポテトの関係が、一見、偶発的に見えるババ抜きやハンカチ落としやジャンケン等の集団ゲームに入り込んでいる。
自分教で支配者の奢りタイプは短期で自爆するが、それ以上に我慢教で被害者のタイプは、常に運が悪く、奢りタイプを”引き寄せ”、巻き込まれたり長期的に自殺する。

「我慢教」と「自分教」。真面目にコツコツ耐えようとする人と、それを搾取しようと傲慢になる人。
「我慢教」の人は必然的に「自分教」の人を引き寄せて、ハズレくじを引かされ苦労する。
双方が不幸で自己破滅な人生を送る。だからこういう人たちが大方、どういう人生の末路を向かえるかは想像がつく。

 

ぐああああああああ菊池――――――――――――!!!!

 

我慢教の人は「俺って間違ってるのかな・・・?」という自信の無さの塊なので、こいうしたゴリゴリゴリマッチョタイプには弱いことが多いです。

 

うわああ、就活の時思い出した。
僕が就活してるとき、ある人材紹介会社を使ってたんですね。
そんで僕に専任で、企業を紹介してくれるコンサルタントの方がついたんです。
この人がもうゴリゴリゴリマッチョタイプな人で。
ある面談での会話では、

 

相手「へーぶらりんはこういう希望があるんだね。」

僕「そ、そっすね」

相手「そうかじゃあこの企業合うかもね!受けてみなよ!」

僕「(あんま興味ないけどなあ・・・)は、はい、受けてみますね」

相手「それじゃ選考明日だからよろしく!」

僕「え、明日!?明日は別の選考が・・・さすがにちょっと急すぎでは・・・」

相手「じゃあちょっと今日中に電話してその企業さんに辞退の連絡しといて」

*この話をしているときPM8:00くらい

僕「え、いや、明日の10時~選考なんでちょっとさすがに・・・

相手「なんで?絶対損するよ?マジで受けなって」

僕「いや、、、でも、、、」

相手「どっちが大事なの?俺こういうマッチングには正直かなり自信があるから絶対損はさせないよ。それにたぶんお前、俺が選んだ企業以外では絶対ミスマッチして後悔するよ、ホントに」

僕「あ、、、はい、、、電話します」

*その日の23時くらいに電話して案の定怒られる

 

だいぶまとめたので実際はもっと色々言われた+長かったですが、あらかたこんな感じ。今考えると「そんな嫌ならぶっちすればいいじゃん」って感じですね。ただ当時FecabookとかLINEを知られてたのでなんかぶっちしたら人生終わる気がしてました。嗚呼、心配性也。実際なにも無かったです。

 

「自分教」よりもっと相性が悪い相手

ただ僕はこの「自分教」よりもっと相性の悪い相手がいると思ってます。それが「最後に決めるのはあなた自身ですが、私はこれがいいと思いますよ?ね?教」です。長いけど略が思いつかなかったです。この記事だと、自分の意見を押し付けるタイプが一番厄介なように書かれていますが、あながちそうではない。

書いてある通り、我慢教は「自分に自信が無い」タイプが多いです。そんで、僕のようにほいほい聞いちゃタイプもいれば、自分に自信が無いはゆえに疑り深い人もいます。

 

ちょっと想像してほしいです。もし仮にあなたが自分のことを「不細工じゃ!わしゃ不細工じゃ!自信ないんじゃ!」って思ってるときに「いやーかっこいいですねー!」とか言われたらちょっとは「ん?」なりますよね。ホントかよ、みたいな。

こんな感じで、疑り深い人間に「こうやったほうが絶対いい!絶対!」と言ったとしても「おいおいホントかよ・・・」ってなる場合もあります。自分と正反対の人間から言われることに対して、全員がほいほい意見を聞くとは限らないのです。対面の状態では従っているように見えますが、いつか絶対離れていきます。自分教はこのゴリゴリ感で来るので、疑り深いタイプからしたらそもそも従うべき相手ではない。

 

それよりも「最後に決めるのはあなた自身ですが、私はこれがいいと思いますよ?ね?教」は、一見とてもいい人。我慢教の人に対して理解があるように思われます。

 

が、それを悪用する人はいるもので。
我慢教の人は、今の自分の現状を認めてもらえているという感覚だけでも嬉しいのです。書いてある通りに考えるのであれば、

 

我慢教の人は悲劇のシンデレラになりたがっている→自分の苦しみを分かってくれる(ふりをしてる)人に惹かれる

 

となります。

 

「うん、分かるよ。それって大変だよね。とてもよく分かるよ、その気持ち。でもこっちの方がいいんじゃないかな?あ、最後に決めるのは君だけどね。でもこっちの方がいいな、とは思うよ」

 

なんだか味方感がありますね・・・。これがホントに信頼できる人ならいいのですが、この心理を利用して我慢教に付け込む人がいないかと言われると、正直0ではないと思います。そう考えるとますます人を信用できなくなりますね。

 

まとめ

水をぶっ掛けられたことからどんどん想像が膨らみましたねえ。
やっぱり”持ってる人は(良くも悪くも)とことん持ってる”ということなんでしょう・・・。はあ・・・。なんかもう、自分が我慢型とかよろしくない方向ならいっそ開き直りましょ。文章なら好き勝手言えますし。持って生まれたもんだし、うん。

 

ってか考えたら多くの人が我慢型に当てはまる気がします。
もはや国民性なんですかね。
真面目だ真面目だ、と言われてるものの正体がこれなんでしょうねえ・・・。
いやあ、案外自分型が本来あるべき形なのかも。人間としてはどうなのよ、ってこともありますが。スタンスは案外見習うべきなのかも知れません。

 

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