”合わない=嫌い”って考えるの心狭いよね

 

僕は基本的に一人が好きです

 

みんなでいるのも楽しいですが、

「あ、ごめん今日ちょっと一人になりたい気分」

 

ってなる方が多いんですよよね。

 

 

たまに飲み会誘われたりしますが、

 

「・・・ん、参加者30人・・・パス」

とかもよくします。

 

こんな感じなので、

 

「よっしゃああああ!!いこうぜええええ!!勢いだろうおおお!!」

ってタイプの人は苦手なんです。ぶっちゃけ自分と合わない。

 

「営業でTOP取りました!とにかく行くしかないっしょ!」

とかのタイプは究極的に馬が合わない気がします。

 

とにかく合わない人が多い

 

そうなんです。

基本習性が 一人を好む” なので合わない人が多いんですよね。

 

そもそも大人数が苦手なのでワイワイガヤガヤするのがすこぶる苦手。

大人数でわちゃわちゃしてる場所で上手く立ち回れる人は尊敬します。

 

でも別にその人が嫌いなわけじゃない

 

そうなんです。これが非常に難しいところで。
 

タイプが合わない人が多いんですが、別に嫌いなわけじゃありません。

性格的にガシガシいこうぜ系の人は確かに合わないです。
 

でも僕は実際そういう人に憧れるし、
友達として好きなやつもいます。

じゃなきゃこんな記事書きません。

僕自身、「行動力ねえなあ」と思うからこそこういう行動できるバカに憧れるのです。

 

合う=好き・合わない=嫌いという話じゃない

 

なんだかこれの区別がつかない人多いなあって思うんですよね。

 

「〇〇とはここが合わないなあ」

 

とか言うと、

 

「お前〇〇嫌いなの?」って思う人がいます。

 

いやいやいや違いますよ。

あくまで一つの面での価値観が合わないだけです。

人はそれぞれ生きてく中で色々な経験をします。

当然、

 

僕の経験も、

会社の社長の経験も、

同僚の経験も、

友達の経験も、

 

全部違います。
 

価値観が全部違うんだから、価値観や考え方の面で合わない部分が出てくるのは当たり前。

なのに、そこの合わないという考えだけを見て、

 

「えっ?嫌いなの?」

 

って判断するのはあまりにも浅すぎるかと。


嫌いというのとは全くの別物です。
 

そんなこと言ったら、誰かのアイデアや意見に物申す人はみんな相手のことが嫌いということになっちゃいますw

(まあ相手のことが嫌いでわざと意見する人もいるでしょうが)

当然、この逆もあります。

 

××なとこで考え方共感できるなあ」と思っても、人としては別に好きじゃないっていう人はいます。

「確かに正しい事言ってるんだけどなあ」みたいな感じ。

こういう人は考え方には納得できるが積極的に付き合いをするのはなあカテゴリに入ってきます。

 

この考えが無いとストレスを溜め込んでしまう

 

 

いわゆる日本人が豊かだけどなんか不幸そうという理由の一つに、

合う=好き 合わない=嫌いという単純な図式が染み付いてる

ってのがあるんじゃ無いですかねえ。

 

言う側は「これ言ったら嫌われないかなあ・・・」

言われる側は「俺の意見否定するなんて、嫌いなのかなあ・・・」

 

で、どっちもストレスを溜め込んじゃう。

お、書いててやっぱ納得。

これのせいですげえ周りを気にしすぎちゃうんですよね。
やっべ、俺じゃん。 

 

”この面で言えば〇〇だけどこっちでは××だと思うよ”

っていうある種の柔軟さが必要なんすよね。

僕が割とこういう柔軟さが無いのでw

 

めっちゃ落ち込みますよ、人から何か言われたら。

うわあ、

やべえ、

嫌われた、

あああああああ

こんな感じ。

 

でもそれだと常にストレスマッハなんですよね。それ超良く無い。

発信者も受信者もこの面で言えば〇〇だけどこっちでは××”という考えになればもっと気楽に生きれますよねえ。

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