僕はどうやら人からは温厚に見られることが多いようなのです。よく言われるのが、
「全然怒らないんですね!」
「優しいんですね!」
というセリフ。誰だ!「それってよくいる優しいだけで終わる奴だ!」なんて言ったのは?
まあ確かに、自分でもあまり怒ることはないかなと思います。
例えば、基本はいじられることが多い僕。仲良くない人からいじられたり、限度を超えたりしなければどんな言葉もウェルカムです。最近はTwitterがいじられの主戦場。
あと、他人の失敗に関してもあまり感情を表すことは無いですねえ。「あー失敗しちゃったのかあ、うんうん」くらいの感覚。多少イラっとした気持ちを抱くことはあれど、目に見えて怒ることは少ないかと思います。
ただ、これは特段僕の心が広いからとか優しいからとか、そういうものでも無いと思っておりまして。
むしろ個人的には非常に冷たい性格だからこそこういった考えになるのでは無いかなと思っています。
目次
どうして人にストレスを感じるか
人に対してストレスを感じる理由は様々あるかと思います。
が、根本を辿れば『自分の思った通りの行動を取ってくれないから』ということが大半。
ちょっ!?なんで俺の思い通りにいかないんだ!
別に人間関係に限ったことではありませんが、ストレスの大体の要因はこれ。自分の思い通りにいかないと誰だってストレスを感じるものです。
前職で感じた『新卒へのイライラ』
僕もそうでしたからねえ……。ここで前職の話をば。
前職の新卒社員たちは、なかなかミスが多い子達でした。彼らも派遣の現場に入ってもらっていましたが、非常に凡ミスが多い(僕の前職は小売業の現場に自社スタッフを派遣する人材派遣業でした)。
・遅刻を絶対にしてはいけない現場でちょこちょこ遅刻をする
・現場の作業をなかなか覚えない。「それ前言ったやん?!」なこと多数
・完全にマニュアル通りの対応しかできない
等々、細かい部分でのミスが非常に多かったんですね……。僕も内心ではイライラすること多数でした。当時は残業が多すぎて常に破裂寸前でしたたから……。
前職での僕はいわば『新卒の子達を自分の手足だと思っていた』状態。自分にくっついている手足が思い通りに動かないなんて、そりゃあイライラのタネ。
でも当然ですが、新卒の子達は僕の手足ではありませんし僕自身でもない。あくまで他人。他人が自分の手足のように思い通りになるわけがないのです。
『他人の考えや行動』は、所詮『他人の考えや行動』である。こんなことは当たり前。『あなたの考えや行動』じゃないんですよ。
あなたが脳みそで、他人が自分の手足ならば、自分の思い通りにならないのは非常に悩みのタネ。自分の体の一部が思い通りに動かないなんてちゃんちゃらおかしいですから。
でも他人は違う。あなたの手足でもなければ道具でもありません。そもそも自分の思い通りになると考えること自体がおこがましい。
良くも悪くも『期待』をしてしまう
他人を自分の手足のように考え始めると、ある種の期待を抱き始めてしまうんです。
「これくらいはできるだろう。俺の手足だし」
「俺の考えは分かってくれるはずだ。俺の手足だし」
*この『他人を自分の手足のように考える』という表現が適切かは分かりませんが、分かりやすくはあるのでこのままいきます。
この期待は、意識的か無意識的かは問いません。というか他人に対してイライラしてしまう人は大抵、無意識に期待をしている部類に入ると思っています。
僕の新卒社員へのイライラもそれ。無意識的に「これくらいなら当然できるだろうな」というある種の期待を抱いていたのです。
無意識に、勝手に相手に期待をし、思い通りにいかなかったら「裏切られた!」とばかりに勝手に落ち込む。
これが大抵のイライラのメカニズムではないかなと思います。
『信頼するけど期待はしない』という考え方
勝手に期待した相手が思い通りにいかなくて勝手にイライラするなら「いっそのこと期待なんかしなきゃいいんじゃね?」というのが僕の考え方。実にシンプルなんですね。
相手がどういう行動をして、どんな結果を出すかは相手次第。それに期待を寄せてしまう方が無茶なのです。
それよりも『自分がどうやれば思い通りにいくかのう』と考えた方が建設的ですし、気持ちも楽。何をするかわからない相手に期待を寄せるよりも、ずっと効果は高いです。
で、大切なのは『相手を信頼していない』というわけではないこと。あくまで相手に信頼は置きます。その上で、
『悪意を以て問題を起こすとかしない限りは、相手を信頼する。でも完璧を求めるような期待はしない』
という風に考えるわけですね。「まあダメだろうけど任せるかあ。後処理はこっちでやるし……」という、ある意味冷たさも持ち合わせた考え方です。
相手が失敗する前提でこちらも準備をしたり行動したりすることもあるわけですから。人によっては「あれ?俺ちゃんとやってたのに裏でこそこそ……?」なんてこともあるやも。
この絶妙なバランス感覚。これが一番大切。
前職の経験から『期待をしてはいけない』と考えるようにした
これを痛感し始めたのは、前職での経験からですね。もともと知り合いがいた会社ということもあり、とっても働きやすいイメージを持って入社した僕。
楽しそうだなあ!彼らなら変な問題を起こすとか、パワハラとかも無いだろうし!
とキラキラピカピカ。
しかし実際に働いてみると、なんということでしょう!休みはほとんどなく何十時間残業しても手当ては無し!現場対応の待機時間も含めるとほとんど自分の時間が持てなくなったではありませんか!
な、リアル劇的ビフォーアフター状態に。上司たちがしきりに「ここ乗り切ればぐっと上がるから!」と 繰り返すこと早一年。僕は諦めた……。
この経験から「会社に期待しすぎるのはやめよう……」という考えにシフト。
結局会社を動かしてるのは全て人。給与支払いのミスもあるし、仕事が全然軌道に乗らないこともある。「最初の話と違うじゃねえかあああああ!」なことも多数ある。
最低限「会社だからまあ大丈夫だろう」と信頼は寄せる。でも、要所要所でしっかりと確認する、ということ。手続き的なこととか給与のこととか業務内容のこととか、ひっくるめてです。
実は僕の入ってる派遣会社もちょいちょいミスが目立ちます。たまに「交通費が入ってねえ!」という人や「え?!俺この業務やるの?!」という人もいる。でもまあいちいち腹をたてるのもめんどくさいので、
まあ給与はそこそこ高いし、残業代も出てしっかり休める。過度に『理想の職場』を要求するのはやめよう……。
という考えにしています。だからこそ、
定められた業務は必ず終わらせるけど、あとは帰るからな!な!な!
とあっさりした付き合いを貫いています。特段職場で仲良くしようとも思わないですし、それならブログでも書きたい。
まとめ
とまあ凄まじく意識の高い記事を書いた気がしますが、むしろ逆。これはあくまで『心穏やかに暮らそうとするため』の考え方。
職場を俺が変えるぞ!なんて熱意は最初から持ち合わせておりませんしおすし。相手に神経を削ってしまうくらいなら、最初から自分がケツ持ちをするくらいの考えで動いていたいだけです。
所詮他人は他人で、自分の手足では無いわけですし。『相手に任せる』という最低限の信頼は置きつつ、自分でこなせる準備もしておく。
無用な期待で自分も相手も凹むくらいなら、最初から心を削らない方へ向いていきましょ。まあなかなか難しいですけどねえ。